三洋ピンボール

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齋藤潤の経済バーズアイ (第140回)

米国の金融政策運営と労働市場の変化

 

2023/12/12

【手探り状態の米国の金融政策】

 米(mi)国の金融政策は、手探(tan)りの状態を続けています。2022年(nian)(nian)(nian)3月以(yi)降、23年(nian)(nian)(nian)7月までに11回(hui)の利(li)上げを行ってきており、政策金利(li)であるフェデラル・ファンド・レートの誘導目標は5.25~5.50%にまで引き上げられています。これは2006年(nian)(nian)(nian)から07年(nian)(nian)(nian)における利(li)上げの過程で到達した政策金利(li)のピーク水(shui)準(5.00~5.25%)を既に超えています。直近(jin)2回(hui)(23年(nian)(nian)(nian)9月と11月)のFOMC(米(mi)連邦(bang)公開(kai)市場委員会)では政策金利(li)が据え置かれていますが、だからと言って利(li)上げが終了(le)したわけではなく、まだ利(li)上げを行う可能性も残(can)しています。

 そのように手探(tan)りの状態が続いている背景(jing)には、失業(ye)率が低(di)いままで推移する中で、インフレ率も依然として高水準を維持しているという状況があります(2023年(nian)11月1日のFOMC Statement)。ここには、労働市場の状況がこれまでと変わってきていることが影響している可能性(xing)があります。

 労働市(shi)場(chang)は、金(jin)融(rong)政策(ce)の伝播過程(トランスミッション・メカニズム)において重要な役割を担(dan)っています。金(jin)融(rong)政策(ce)の伝播経(jing)路はいくつか考(kao)えられますが、中でも政策(ce)金(jin)利→実(shi)(shi)質GDP成長率(lv)→失業率(lv)→賃金(jin)上昇(sheng)率(lv)→物(wu)(wu)価(jia)上昇(sheng)率(lv)は重要な経(jing)路の一つです。このうち、失業率(lv)→賃金(jin)上昇(sheng)率(lv)(ないしは物(wu)(wu)価(jia)上昇(sheng)率(lv))は、フィリップス曲線(xian)で示(shi)されている関係に対応(ying)(ying)しています。これに対して、実(shi)(shi)質GDP→失業率(lv)は、オークンの法(fa)則(ze)(Okun’s Law)に対応(ying)(ying)しています。

 今月のコラムでは、このオークンの法則(ze)に入り口(kou)にして、米国(guo)における労働市場の変化について考えてみたいと思います。

【オークンの法則からみた労働市場の変化】

 オークンの法則は、失(shi)(shi)業率の変化(hua)が実質GDPの成長率と密接な関(guan)(guan)係を有しているというものです。これは米(mi)国(guo)では安定的(de)に見られてきた関(guan)(guan)係です。例えば、失(shi)(shi)業率の前(qian)(qian)年(nian)差と実質GDPの前(qian)(qian)年(nian)同期比(bi)との関(guan)(guan)係を見ると、第(di)1図に示されているように、強い負の相関(guan)(guan)がみられます。

 また、失業率の前(qian)(qian)年(nian)(nian)(nian)差を実(shi)質(zhi)GDPの前(qian)(qian)年(nian)(nian)(nian)同(tong)期比(bi)(bi)で回(hui)帰させた結(jie)(jie)果(guo)を見ると、実(shi)質(zhi)GDPの前(qian)(qian)年(nian)(nian)(nian)同(tong)期比(bi)(bi)が1%ポイント上昇すると、失業率の前(qian)(qian)年(nian)(nian)(nian)差は0.42%ポイント低下(xia)するとの結(jie)(jie)果(guo)を得ることができます。これを逆に読むと、失業率の前(qian)(qian)年(nian)(nian)(nian)差が1%ポイント上昇するとき、実(shi)質(zhi)GDPの前(qian)(qian)年(nian)(nian)(nian)同(tong)期比(bi)(bi)は2.4%ポイント(1/0.42)低下(xia)するはずだということになります。この「2.4」のことをオークン係(xi)数と呼ぶことがあります(オークン自身は1962年(nian)(nian)(nian)の論文で「3.2」と推計していました)。

 しかし、この回帰式の各(ge)四(si)半期における推(tui)計誤差を見(jian)ると、第2図で分(fen)かるように、2000年代(dai)半ば以降は大幅な過大推(tui)計になっていることが分(fen)かります。これは足元で、失業率の前年差と実質(zhi)GDPの前年比の関係が変(bian)化していることを示唆しています。

【失業率変化の要因分解に見る変化】

 そこで、失業(ye)率(lv)の前年差(cha)を労働(dong)需要(yao)(yao)要(yao)(yao)因(yin)、労働(dong)供給要(yao)(yao)因(yin)、労働(dong)時間要(yao)(yao)因(yin)、及び労働(dong)生産(chan)性要(yao)(yao)因(yin)に要(yao)(yao)因(yin)分解してみましょう。(その方法(fa)については文末の《備(bei)考》を参照)

 1965年(nian)(nian)から2022年(nian)(nian)までの年(nian)(nian)次データを5年(nian)(nian)毎に区(qu)分し、それぞれの区(qu)分における失業(ye)率(lv)の差を寄与度分解したのが第(di)3図(tu)です(ただし、ここでは変化の大きかった2009年(nian)(nian)と2020年(nian)(nian)を除いています)。これを見ることによって、どの要因が最近(jin)における失業(ye)率(lv)の前(qian)年(nian)(nian)差と実質(zhi)GDPの前(qian)年(nian)(nian)比との間(jian)の関係に変化をもたらしたかを見て取ることができます。

 これを見ると、労(lao)働(dong)(dong)需(xu)要(yao)要(yao)因は常にマイナスに作用しています。これは、実質GDPが増(zeng)加(jia)すると労(lao)働(dong)(dong)需(xu)要(yao)も増(zeng)加(jia)し、それが失業率の低下をもたらしていることを示しています。オークンの法則(ze)が前提にしているのも、このような関係にあると考えられます。

 逆に、労働生産性要(yao)(yao)因は常にプラスに作用しています。これは労働生産性が上昇すると、従来(lai)よりも少ない就(jiu)業者数で同一水準の実質GDPを生産できることになるので、就(jiu)業者の一部(bu)を不要(yao)(yao)にし、失業率を上昇させる要(yao)(yao)因になることを意味しています。これも納得できる関係です。

 しかし、労(lao)(lao)働(dong)(dong)供給(gei)(gei)要(yao)因の影響(xiang)を見(jian)ると、途中で変化が見(jian)られます。まず2000年(nian)代半ばまでの期間について見(jian)ると、労(lao)(lao)働(dong)(dong)力(li)供給(gei)(gei)要(yao)因はプラスに作(zuo)用しています。これは労(lao)(lao)働(dong)(dong)力(li)人(ren)口(kou)が増加しており、これが失業率を上昇させる要(yao)因となっていることを示しています。確かに、2000年(nian)代半ばまで、米国の労(lao)(lao)働(dong)(dong)力(li)人(ren)口(kou)はほぼ一貫して増加をしてきましたので、これはそのようなことを反映していると考えられます(後掲第4図)。これに対(dui)して、2000年(nian)代半ば以降の期間においては、労(lao)(lao)働(dong)(dong)供給(gei)(gei)要(yao)因はマイナスに作(zuo)用しているのです。これは、この期間中は労(lao)(lao)働(dong)(dong)力(li)人(ren)口(kou)が減少し、これが失業率を低下させる要(yao)因になっていたことを意(yi)味しています。

 このような変化は、実質GDPが減少し、労働需要が減少しても、失業(ye)率が上昇することを妨(fang)げることになります。冒(mao)頭で、金融(rong)政策(ce)が手探りの状態にあり、特に失業(ye)率がなかなか上昇してこなかったのは金融(rong)政策(ce)当局の予想に反する事態であると言いましたが、その背景にはこのような事態があったということが分かります。

 なお、労働(dong)時(shi)(shi)間(jian)要因は、2000年代(dai)まではマイナス要因となっていますが、2010年代(dai)以(yi)降はわずかながらもプラス要因になっています。これは、2000年代(dai)までは、労働(dong)時(shi)(shi)間(jian)の短縮が進んでおり、同一水準の実(shi)質GDPを生産(chan)するためには、その分を就業(ye)者数の増(zeng)(zeng)加によって補わなければならなかったため、失業(ye)率を低(di)下させることになっていましたが、2010年代(dai)以(yi)降は逆に労働(dong)時(shi)(shi)間(jian)が増(zeng)(zeng)加に転じていることを意味しています。

【米国における労働参加率の低下】

 米国(guo)(guo)で、この時(shi)期に労(lao)(lao)働(dong)供給が減少したというのはどういうことでしょうか。第4図は、米国(guo)(guo)の労(lao)(lao)働(dong)参(can)加(jia)率の動きを見(jian)たものですが、これを見(jian)ると分(fen)かるように、リーマン・ショックとコロナを契機にして労(lao)(lao)働(dong)参(can)加(jia)率がこれまで見(jian)られなかったような低(di)下(xia)を示していることが分(fen)かります。ただし、両者(zhe)では労(lao)(lao)働(dong)参(can)加(jia)率の低(di)下(xia)の仕方が異なります。リーマン・ショック後は、低(di)下(xia)が長期にわたってなだらかに進(jin)み、ようやく2015年(nian)後半になって反転に至ります。これに対して、コロナ後は、急減に低(di)下(xia)した後、すぐに回復(fu)を始(shi)めますが、今日になってもまだコロナ直前(qian)のピークまでは回復(fu)していません。

 そこで、労働参(can)加率(lv)の変化を男女別と年(nian)齢別で見てみましょう。

 まず男女(nv)別(bie)の動(dong)きを第5図で見てみると、リーマン・ショック後の労(lao)働参(can)(can)加率の低下(xia)は、それまで一(yi)貫(guan)して上昇傾(qing)向にあった女(nv)性の労(lao)働参(can)(can)加率が低下(xia)したことによってもたらされることが分かります。他方、コロナ後は、男女(nv)とも急激な低下(xia)をしていますが、女(nv)性が既にコロナ前(qian)(qian)の水準にまで回復(fu)(fu)しているのに対して、男性はまだコロナ前(qian)(qian)の水準にまで回復(fu)(fu)しておらず、回復(fu)(fu)力が弱いことが読み取れます。

 次(ci)に年齢別の動(dong)きを第6図で見(jian)てみると、リーマン・ショック後(hou)に低(di)(di)下を見(jian)せたのは54歳(sui)(sui)以(yi)(yi)下の年齢層であり、55歳(sui)(sui)以(yi)(yi)上は上昇基調を続けたのに対して、コロナ後(hou)はいずれも急激な低(di)(di)下を示(shi)した後(hou)、16~19歳(sui)(sui)と25~54歳(sui)(sui)は既(ji)に回(hui)復しているのに対して、20~24歳(sui)(sui)と55歳(sui)(sui)以(yi)(yi)上が依然としてコロナ前(qian)の水(shui)準にまで回(hui)復していないことが分かります。

【日本を除く先進国に見られるコロナ後の労働参加率の低下】

 興味深いことに、このような労働参加率の低下は、米国に限ったことではありません。実は、日本を除く、ユーロ圏や英国のような先進国にもみられる現象なのです。このうち英国における労働参加率の低下については、既にこのコラムでも取り上げました(第133回「労働市場からの退出:なぜ英国では増加しているのか」、2023年5月)。 このような現象は、それぞれの国・地域(yu)における金融政策運(yun)営に大(da)きな影響を及(ji)ぼしているものと考えられます。

 こうした現(xian)象(xiang)は一時的(de)(de)なものなのか、それとも永続的(de)(de)なものなのか。永続的(de)(de)なものであるとしたら、どうして日本以(yi)外の国に見(jian)られていながら、日本では見(jian)られないのか。先進国における金融(rong)政策のあり方を考える上(shang)で、こうした疑問を解明していくことは極めて重要(yao)なことのように思います。


《備考》

 失業率(lv)の前年(nian)差の要(yao)因分解は、次の二つの式を組(zu)合わせて求(qiu)められる式で行っている。

 一つは、実質GDPの前年比を、就業者数の前年比、就業者一人当たり労働時間の前年比、労働時間1時間当たりの労働生産性 の前年比の和として表した第1式です。

 もう一つは、失業(ye)(ye)率の定義(yi)式(shi)から求めた、失業(ye)(ye)率の前年(nian)差(cha)を労働(dong)力人(ren)口の前年(nian)比と就業(ye)(ye)者数(shu)の前年(nian)比を用いて表した第(di)2式(shi)です。

 第1式と第2式を合(he)わせると、第3式が求まります。

 第3式は、失業率の前年(nian)差が、労(lao)働(dong)需要(yao)(yao)要(yao)(yao)因(yin)(第1項(xiang)(xiang))、労(lao)働(dong)供給要(yao)(yao)因(yin)(第2項(xiang)(xiang))、労(lao)働(dong)時間(jian)要(yao)(yao)因(yin)(第3項(xiang)(xiang))、労(lao)働(dong)生(sheng)産(chan)性要(yao)(yao)因(yin)(第4項(xiang)(xiang))に要(yao)(yao)因(yin)分解できることを示(shi)しています。本稿ではこの式を用(yong)いて要(yao)(yao)因(yin)分解した結果を示(shi)しています。


《参考文献》

黒坂佳央 「オークン法則と雇(gu)用調(diao)整(zheng)」(「日本(ben)労働(dong)研(yan)究雑誌」No.610、4-13頁、労働(dong)政策(ce)研(yan)究・研(yan)修機構)

Ball, Laurence, Daniel Leigh, and Prakash Loungani(2012). “Okun’s Law: Fit at 50?” Paper presented at the 13th Jacques Polak Annual Research Conference, International Monetary Fund.

Foroni, Claudis, and Francesco Furtanetto(2022). “Explaining Deviations from Okun’s Law.” Working Paper Series No. 2699, European Central Bank.

Okun, Arthur M (1962). “Potential GDP: Its Measurement and Significance.” In 1962 Proceedings of the Business and Economic Statistics Section of the American Statistical Association, 1962.